【貫目氷】かき氷との関係は?歴史から豆知識まで徹底解説!


「貫目氷(かんめごおり)」
専門店のかき氷があのふわふわな食感を生み出せるのは、実はこの貫目氷の存在があるからなんです。

「スーパーで売っている氷と何が違うの?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。

そこでこの記事では、貫目氷とはどんな氷なのか、かき氷との深い歴史、そして知っておきたい豆知識についてまとめていきます。

【この記事でわかること】

  • 貫目氷とはどんな氷なのか
  • かき氷と貫目氷の歴史(平安時代〜現代)
  • 知っておきたい貫目氷の豆知識

それでは詳しく見ていきましょう!

貫目氷 かき氷 埼玉ロジテック ドライアイス事業部

貫目氷とはどんな氷?

貫目氷とは、かき氷専用に作られた大きなブロック状の氷のことです。
一般的な家庭用製氷機やスーパーのバラ氷とはまったく異なる、プロ仕様の純氷(じゅんぴょう)なんです。

形状はおよそ13×13×26センチほどの長方体で、重さは約1貫(3.75キログラム)あることから「貫目氷」と呼ばれています。
半分に割ったものを「半貫目(はんかんめ)」と呼び、こちらは約1.875キログラムになります。

この「貫目」という単位、日本古来の「尺貫法(しゃっかんほう)」に由来しています。
尺貫法とは中国を起源とする重さや長さの単位系で、「1貫(かん)」は江戸時代の貨幣・寛永通宝1000枚分の重さに相当するんです。
そのため現代でも、かき氷業界では昔ながらのこの単位が使われ続けているんですね。

純氷と家庭用氷の違いは?

貫目氷が「純氷」と呼ばれる理由は、その製法にあります。
家庭の冷凍庫で作る氷は急速に凍るため、水の中に含まれた空気や不純物がそのまま閉じ込められてしまいますよね。
これが白く濁った氷になる原因です。

一方、貫目氷は約48時間かけてゆっくりと凍らせることで、不純物や気泡を外に追い出しながら固まっていきます。
この製法は「カングリッド製法」と呼ばれており、大きな缶に水を入れ、マイナス10度前後の冷媒液の中で空気を送り込みながらじっくり凍らせていく方法です。
こうして出来上がった純氷は、透き通るように美しく、不純物がほとんど含まれていないんです。

この純度の高さこそが、専門店のかき氷をふわふわにする最大の秘密でもあります。
気泡が少ない分、氷の結晶が均一で緻密なため、かき氷機でなめらかに薄く削れるんですね。
家庭用の氷では再現できない、あのとろけるような食感はここから生まれているんです。

貫目氷はどこで買えるの?

貫目氷はスーパーやコンビニでは販売されていません。
専門の氷販売店や業務用食材店から購入するのが一般的です。
夏祭りやイベントでかき氷を提供したい場合は、事前に氷屋さんに予約・注文しておくのがスムーズでしょう。
埼玉近郊であれば、埼玉ロジテック ドライアイス事業部でも業務用の氷のご相談をお受けしていますので、ぜひお気軽にお問い合わせくださいね。

かき氷と貫目氷の歴史は?

実は、かき氷の歴史は1000年以上前にさかのぼります。
貫目氷はその長い歴史の中で、かき氷文化とともに進化してきた氷なんです。

平安時代:貴族だけが食べられた「削り氷」

日本のかき氷の起源は平安時代(794年〜1185年)にあります。
清少納言が書いた随筆『枕草子』の「あてなるもの(上品なもの)」の項には、「けづりひに甘葛(あまかづら)入れて新しき金椀に入れたる」という一文が登場します。

これはまさに「削った氷に甘いシロップをかけたもの」、つまりかき氷のことなんです。
貫目氷のルーツともいえる削り氷が、すでに1000年以上前に存在していたとは驚きですよね。

ただし当時の氷は、冬に降り積もった雪や天然の氷を「氷室(ひむろ)」に貯蔵したものでした。
奈良の都祁(つげ)という地に氷室があったことは、奈良時代に成立した『日本書紀』にも記されています。
冬の氷を夏まで保存する技術は当時としては画期的なことで、氷は金と同等の価値を持つ超高級品だったんです。

江戸時代:将軍への贈り物だった氷

江戸時代(1603年〜1868年)になると、氷室の文化はさらに発展します。
加賀藩では毎年冬の「大寒」の頃に雪や氷を氷室に蓄え、旧暦6月1日に取り出して江戸幕府(将軍家)へ献上する「氷献上」の儀式が行われていました。
この旧暦6月1日は現在も「氷の朔日(ついたち)」として伝わっています。

江戸時代の末期になると、北国の天然氷を船で大量に江戸へ運ぶルートが確立され始めました。
それでも氷はまだまだ高級品で、庶民が手軽に楽しめるものではありませんでした。

明治時代:庶民のかき氷と氷製造業の誕生

庶民がかき氷を楽しめるようになったのは、明治時代(1868年〜1912年)に入ってからです。
日本初のかき氷屋は横浜の馬車道に開業した「氷水店」とされており、函館からわざわざ天然氷を運んで販売していたそうです。

そして1887年(明治20年)には、村上半三郎がかき氷機を発明して特許を取得しています。
これにより誰でも手軽に氷を削れるようになり、かき氷は一気に庶民の夏の楽しみとして広まっていきます。

また、人工的に純氷を大量製造する技術も明治・大正時代にかけて急速に発展しました。
カングリッド製法による業務用ブロック氷の製造が普及したことで、現在の「貫目氷」の形が確立されていったんですね。
平安時代の貴族の嗜好品が、こうして現代のかき氷文化へとつながっているのは感慨深いものがありますよね。

貫目氷の豆知識は?

貫目氷には、知っているとちょっと自慢できる豆知識がたくさんあります。
ここではかき氷好きなら押さえておきたいトリビアをご紹介しましょう!

冷凍庫から出したてはすぐ削らないのがコツ

「買ってきた貫目氷をすぐかき氷機にセットしたら、ざらざらした食感になってしまった…」という経験はありませんか?
実はこれ、貫目氷あるあるの失敗なんです。

冷凍庫から出したばかりの貫目氷は表面に霜がつき、氷の表層が非常に硬くなっています。
この状態で削ると粗くてざらついた食感になってしまいます。
5〜10分ほど室温に置いて表面が少し緩んでから削り始めると、あのふわふわ食感が生まれます。
専門店がおいしいかき氷を出せる理由のひとつは、この「氷を慣らす」という一手間にもあるんですね。

「氷」の旗はかき氷のサイン

かき氷屋さんの店先に掲げられる「氷」と書かれた旗。
実はこの旗、平安時代に貴族たちが「氷水(ひみず)があります」と示すために使ったのが始まりとも言われています。
1000年以上の時を経て今でも受け継がれているなんて、なんとも趣深いですよね。
夏の風物詩として日常にあるあの旗に、そんな深い歴史があったとは驚きかもしれませんね。

7月25日は「かき氷の日」

7月25日は日本かき氷協会が制定した「かき氷の日」です。
7(な)・25(こ)→「夏氷(なつこおり)」の語呂合わせから来ています。
また7月25日は、1933年(昭和8年)に山形県で当時の日本最高気温40.8℃が記録された日にちなんでいるとも言われています。
猛暑の日にちなんだ「かき氷の日」とは、なるほど納得ですね。

半貫目はかき氷機のサイズに注意

貫目氷を半分に割った「半貫目(はんかんめ)」は、家庭用・業務用問わずかき氷機でよく使われるサイズです。
ただしかき氷機によって対応できる氷のサイズが異なるため、購入前に機種の対応サイズを確認するのが大切でしょう。

まとめ

今回は、貫目氷のかき氷との関係について、歴史や豆知識もあわせてまとめていきました。

【この記事の要点】

  • 貫目氷は約3.75kgのブロック状純氷で、48時間かけてゆっくり凍らせた不純物の少ない氷
  • かき氷の歴史は平安時代の「削り氷」に始まり、明治時代に庶民へ広まった

今後も新しい情報が入り次第、追記していきますね!

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